京大生のカメ

とある京大生のブログ。京都での暮らし・日々のこと・読書などについてぽつぽつ書いていきます

オンラインも嫌だけど、もっと嫌なこと

どうも、カメです

 

コロナ、盛り上がってますね。

 

京都大学もじわじわとオンライン化のうわさが流れ始め、だいぶ現実味を帯びてきております。たしか正式発表は明日ですね。

 

いやーまたオンラインですか。

 

めっっっっっちゃいやだ。

 

せっかく一年耐えきって、キャンパスライフが始まったと思ったのに、またオンラインに逆戻り。

 

オンライン本当に嫌なんですよね。生活習慣は乱れるし、授業には集中できないし、どんなに面白い授業でも課題をこなす作業ゲーに成り下がってしまうきらいがあります。

 

でも、正直「オンラインになること」そのものよりも「学生がまた割を食う」ということが嫌です。腹立たしいです。

 

ほんまけ?ほんまに大学オンラインにしたら感染拡大は抑えられるんけ??

 

学生ばかり(まあ飲食店も大変だろうけど)制限されるのって、ただ制限が簡単だからですよね。学生は大学という組織の支配下に置かれているし、即時的に生産活動に影響が出ないから経済への影響が少ないし。

 

いやまあわかりますよ?制限できるところからしていった方がいいっていう考えもわかります。

 

でもさすがにもう限界ですよ。

 

学生以外のみんなはそれなりに普段通りの生活をしているし(会社行ったり学校行ったり)、正当性を持たせるためか、各種メディアは過度に若者を悪者扱いするし。

 

バカにしとるんかと。

 

大学生活って(多くの人は)4年で終わるんですよ。大学行った人が「大学が一番楽しかったなぁ」とか口をそろえて言うような数年間ですよ。

 

それを「手っ取り早いから」っていってとりあえず制限して、無いようなものにして、そのくせ学費は例年通り全額とるし、SNSで悲鳴を上げれば「我慢しろ」だの罵声を浴びせられ、果ては悪者扱いして。

 

いい加減にしてほしいですね本当に。せめてなんかしら補償するなり、謝罪か感謝かなんかしらしてほしいもんですよ。

 

みんな大変なのはわかりますよ。みんな大変なのはわかるけど、学生が軽視されすぎなんじゃないかというお話でした。感情的な駄文ですが、最近投稿頻度落ちてるし、投下しちゃいます。

恐るべし、夢のキャンパスライフ

どうも、カメです。

 

キャンパスライフが始まって一週間がたちました。

 

kyotonokame.hatenablog.com

 

キャンパスライフってすごく楽しいけれど、すごく大変ですね。

 

まずお金がかかる。授業がオンラインではなくなったので、ほぼ毎日ちゃんと朝に起きないといけません。きちんと出かける準備をして、定刻に間に合わなければならないから。

 

となるとまず朝ご飯を食べないといけませんよね。

 

自分はしばらく昼に起きるという怠惰な生活をしていたため、朝ご飯はいらなかったのですが、今は必要です。まずそこで出費。

 

まあ朝ご飯の費用なんてたかが知れています。問題は昼と夜。

 

昼食。まあ当然外食です。お弁当作ったりできたらいいんでしょうが、当然朝からそんなことをする余裕はありません。始めたところで数日で挫折するのが関の山です。

 

少しでも安く抑えようと生協でご飯買ったり食堂で食べたりしていますが、毎日となるとやはりお金がかかりますね。せめてお米だけでも持っていこうかな、と最近考えております。

 

そして一番は夜。これがかなり想定外でした。まあ昼ごはんが外食になるのは想定内だったのですが、夕飯が思いのほか外食になってしまいます。

 

5限まで授業が入っていると同じく構内にいる友人と落ち合ってご飯を食べに行ってしまいますし、4限の後友人と過ごしているとそのままご飯に行ってしまいます。この一週間で家でご飯食べたのは1日か2日だけでしょう。結構きびしいです。

 

そしてお金だけじゃなくて体力集中力の問題もあります。

 

毎日外出して、何時間も座って授業を受けて、合間の時間は遭遇する友人とあいさつや立ち話をしつつ教室移動。サークルがある日はそのままバスに乗ってスタジオまで行って練習し、帰宅は23時ごろ。翌日もまた午前中に起きなければなりません。約一年間怠惰な生活をしていた時分には結構ハードです。

 

それにずっとオンライン授業でしたので、一時間半おとなしく、周りの目を気にしてそれなりの姿勢で、スマホいじったり寝たりせずに授業を受けるというのがそもそもキツい。結構同じ症状の同回生は多いみたいですが笑。

 

夢に見ていた対面授業は金銭的にも体力的にもけっこうきついものでした。

 

それでも楽しいのでやっていけそうですね。

 

そもそもまだ始まったばかりだからというのもあるでしょう。少し落ち着けば夜の外食は減るかもしれないし、午前中に起きる生活にも慣れてくるでしょうし、集中力も取り戻せるはずです。遊びに勉学、ともに邁進していく所存。

入学式、そしてキャンパスライフ、そして気づく。

どうも、カメです。

 

入学してからはや一年、なんと先日(4/8)入学式がありました!!!

 

いやー待ちましたね。そしてめちゃ楽しかったです。

 

総長の話は中々にひどいもので、ああこの人はダメなんだなって感じでしたけど、まあそれはおいておいて。

 

友人と入学式行って、終わった後たくさんお喋りして、たくさん写真撮って、ご飯食べて。

 

正直、入学式がこんなに楽しかったのってコロナのおかげですよね。コロナのせいで一年延びたおかげで、入学式までに友人がたくさんできたからこそ楽しかったのです。去年やってたら親と正門で写真撮って終わりっていうのが関の山でしょう。そう考えると、まあコロナも悪いことだけではないんだなって感じますね。本当に楽しかった。

 

ちなみに入学式はほぼ一学年集まるのですごい人でした。自分はこの中で埋もれてしまうのではないのだろうか、と少し心配になりましたが、まあ自分は自分なので気楽に楽しくいこうと思います。

 

そして!まあ学部にもよるのですが、自分の所属する学部は原則対面授業!!!ほとんどの学部が少なくとも一部は対面授業。

 

そうなると何が起こるのか。

 

人であふれるキャンパス!気が遠くなるほど列が長い食堂!!いたるところで出くわす友人たち!!!待ち望んでいたキャンパスライフ!!!!

 

......少し落ち着きましょう。

 

今日(昨日だけど)が初めてのキャンパスライフだったんです。今までは構内はガラガラだったし、食堂も楠も人が全然ですごくのんびりしていたのですが、まあ人の多いこと多いこと。活気がすごかったですね。ああ、これが大学か、と。

 

やっと大学生活が始まったのかと思うと嬉しいですね。教室で授業受けて、食堂近くで友人に出くわしてみんなで一緒にご飯食べて、また授業受けて......当たり前のことができるってこんなに幸せなんだなって感じです。

 

さて、自分は今年から英語をやめて中国語を始めたのですが、この中国語、一から始めるので一緒に授業を受ける人はみんな一回生です。ガイダンスで出会ったらしい友人と教室で再開してはしゃいでたり、隣の人とかに話しかけて友達を作ろうとしていたり。

 

さすがに、少し、ちょっと、ほんのちょっとだけもやっとしてしまいました。

 

ああ、自分もこういう大学生活を一回生のころから送りたかったなって、思ってしまいますよね。

 

いや、さっきも言ったけど、コロナがなかったら出会えなかったであろう面白い人たちと今仲良くできていて、色々な京大らしい経験もできていて、楽しく過ごしてはいます。結構満足してます

 

ただ、やっぱり例年通りのキャンパスライフも送りたかったなって。それこそサークルは去年なかったわけですし。得たものも大きいけど、失ったものもまた結構大きいのです。そんなことに気づきました。

 

まあ何はともあれキャンパスライフが始まったわけですし、落ちこぼれないように何とか頑張っていきます。では。

リズムとフレーズってふしぎだね~鳩と電車とラテン~

どうも、カメです。

 

先日出かけているとキジバトの鳴き声が聞こえてきました。京都に来てからドバトは飽きるほど見てきましたが、キジバトには初めて出会った気がします。まあ姿を見たわけではなくて声を聴いただけなんですが笑

 

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キジバトの鳴き声って決まったフレーズの繰り返しですよね。空白を”・”で表すとすると「ホーホー・ホッホー」の繰り返しですよね。

 

でも実は、キジバトの鳴き声のフレーズって「ホーホー・ホッホー」ではなくて「ホッホー・ホーホー」なんです。

 

というのもちゃんと鳴き声を最初から最後まで聞くと「ホッホー・ホーホー・ホッホー・ホーホー・ホッホー・ホーホー」なんです(実際はもっと繰り返しますが)。これ文字だと読みづらいですが、声に出すとだいぶわかりやすいです。

 

始まりは「ホッホー」であり、終わりは「ホーホー」なんですよね。ということは、フレーズとしては「ホーホー・ホッホー」ではなく、「ホッホー・ホーホー」が正しいんだと思います。

 

そろそろ「ホ」がゲシュタルト崩壊してきたので次の話。

 

地元に住んでいたころ最寄りの駅に行くためには踏切を越えなければならなかったのですが、そこの踏切はよく閉まっていたので通過する電車の音をよく聞いていました。そこでも先のキジバトの鳴き声のような気付きがあったのです。

 

電車の音って「タタンタタン・タタンタタン......」ってよく言いますよね。ここでもフレーズは「タタンタタン」で一つです。

 

しかしこれも実は違くて、初めから聞くと「タタン・タタンタタン・タタンタタン・タタンタタン・タタン」なんです。

 

ということはこれもさっきと同じようにフレーズがずれていて、ほんとは「タタン・タタン」で一フレーズなんです。

 

こういう勘違いって実は時々あるのですが、何が原因なのでしょうか

 

まあ電車の方は確実に休符の影響でしょうね。休符で区切った方が気持ちがいいというかしっくりくるというか。人間の脳の音楽に関する部分がそういう風にできているのでしょう。

 

ではキジバトの方はなぜなのか。これは音程の問題ではないでしょうか。

 

ホーホー」の部分は低く、「ホッホー」の部分は高いですよね。さらに「ホーホー」のパートの最後の部分は次の「ホッホー」に向けて音程が上がっています。そこで「ホーホー」から「ホッホー」への流れが感じさせられ、その流れが一つのフレーズを感じさせている要因ではないでしょうか。

 

ここまで二つのパターンを見てきて、フレーズを感じさせる要因は休符などのリズム、または音程や流れなどのいくつかの場合がありそうだ、ということがわかりました。

 

と、ここまで書いてきたまさにこの瞬間キジバトのフレーズのリズムラテンのリズムにやや似ていることに気が付きました。文字であらわすのが難しいですが「タ・ンタ・ンタ・(ウン)タ・タ・(ウン)」みたいな笑。”クラーベ”で検索すると「このリズムね」ってなると思います。3-2」とか呼ばれるものです。さっき正しいとした方のキジバトのリズムがややこの「3-2」に似ているのです。

 

しかし、「3-2」に対して「2-3」もあるのです。そしてその「2-3」が誤解しているとした方のキジバトに似ています。

 

そしてこの「3-2」と「2-3」のどちらを使うかは曲によります。すなわち曲、メロディーによってどちらで一フレーズとするかが代わるのです。

 

となるとメロディによっては鳩の鳴き声も「ホーホー・ホッホー」で一フレーズになるのかもしれません。まあメロディなんて存在しませんがね。

 

しょうもない話について長々と書いてしまいました。何となく不思議だなと思ってあれこれ考えていたら本格的な音楽論に迷い込んでしまいましたね。深入りする前にストップしておきます。

 

ということで、また。

聞き上手になろう

どうも、カメです。

 

自分、どちらかというと話すのより聞く方が好きです。

 

もちろん人並みにおしゃべりはしますし、誰かとしゃべりたいなと思うときもありますが、聞く方がいいです。

 

ただ人と話すときに聞き手に回るというのは、ただ聞けばいいというわけではなく、きちんと相槌を打って、求められたら自分の意見も述べなければならないわけです。どちらもできて初めて聞き上手であり、聞き手に回ることが許されるといっても過言ではない。

 

約二十年生きてきて相槌を打つのはだいぶうまくなったと思います。ただ後者の意見を述べることについてはまだまだ未熟だろうなと思います。

 

多分自分の生き方の良くないところが出ていて、他人に興味がないので、話を聞いてはいるけどやや聞き流している節があるんだと自分で思います。興味がある話はさすがにちゃんと聞きますからね。

 

他人に興味がないというのは個人としての他人に興味がないのであり、自分の中では「世間」と呼ぶようなものは結構意識します。いわゆる太宰メソッドのようなものでこれもまた自分の悪いところです。が、それはまた別の話。

 

どことなく聞き流しているからそれを踏まえて自分の話をできない。それでは聞き上手とは言えないでしょう。ただ口下手で引っ込み思案なだけです。

 

ということでちゃんと人の話を聞こう!というのが今日言いたいこと。ちゃんと聞き上手になって合法的に聞き手に回ろう。がんばろう。そうしよう。